<退院と脳転移>

腫瘍マーカーの結果を受け、分子標的薬の投与は中止となりました。

私は失望の中、とりあえず退院して自宅に戻ってきました。

それから数日後のことでした。

家内:お父さんが突然ふらふら歩いてきたと思ったらいきなりバランスを失って倒れこんでしまった。

息子:すぐに話を聞きつけてやってきたら親父の様子がおかしい。
   
    何を聞いてもにやーっと笑って返事を返してこない。

私は記憶になかったのですが、家内と息子に言わせると相当おかしかったようです。

すぐに息子の運転で病院に連れて行かれました。

CT検査の結果、癌(がん)の脳への転移が発覚しました。

歩行、思考、言語などを司る脳の中枢が腫瘍で圧迫されて、おかしな言動の状態になったようでした。

病院に来てから脳の腫れを引かせる薬を飲み、私の意識状態はほぼ正常に戻っていました。

急きょ駆け付けた主治医から家内、息子と一緒に転移の告知をうけました。。

遠隔転移により私の癌(がん)はステージIVの末期がんに進行したのでした。

私と家族は絶望のどん底にたたき落とされました。

分子標的薬が効いて「劇的に肺の癌(がん)が小さくなった」と言われたわずか1週間後のことでした。

ただ、主治医曰く、

「肺の癌(がん)については大動脈解離のせいで放射線治療ができなかった。」

「しかし、脳の癌(がん)については放射線治療ができるので、やりましょう。」

「ガンマナイフの医者への紹介状を書きます。」

「大至急行くようにしてださい。」

ちなみに、ガンマナイフとは、日本語で定位的放射線治療という治療法のひとつだということをその時知りました。。

脳の病変部にのみ集中して放射線をかけるので、強い放射線を照射できるそうです。

私はすぐに立ち直ることができず、

「しばらく考えさせてください」と言って家に帰りました。

家では、私がふさぎ込み、家内がおろおろする中、息子がせっせと電話やインターネットに取り組んでいました。

「親父の米国の闘病仲間にメールしといたから、その返事を見て決めよう。」

「とにかく諦めるのはまだ早い。」

私の海外赴任についてきて現地校に通ったので、息子は英語が私よりも達者です。

米国で私が見つけた15名に加え、息子自信が追加で見つけた人たちに、今の状況を記したメールを送信したということでした。

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